プレッシャーのない生き方
<プレッシャーのない生き方>
プレッシャーのない生き方
人はつい、自分を大きく見せようとしがちです。私も昔――インドの日本車メーカーの工場で働いていたときはそうでした。 ブランドものの高い腕時計を持っていることを凄いことだと思っていた私は、ジャケットの袖を少し短めにしてみたり、人と話しているときに何度も腕を伸ばす動作をして、時計に気づいてもらうようにしていました。 「わ、Viniさん、いい時計してますね」と言われることに幸せを感じていたので、時計のことに触れない人は(見る目ないね)と不機嫌になったりもしていました。 いま、思うと滑稽ですね。 時計だけではありません。私は比較的いいお給料をもらっていたので、職のない友だちによくご馳走していました。なぜか、友だちの友だちまでがついて来て、「今日は彼の誕生日なんだ!」と言われると、「いいよ、僕が払う」と見栄を張ってその人の分まで奢っていました。 当然、月末のお給料日前はお金がなくて、どこにも出かけられないという状態に……。 当時はそうやって見栄を張り、他の人にすごいと思ってもらうことが自分の幸せ、と勘違いしていたのです。 ヨガの哲学を学び、いまはその考え方もガラッと変わりました。 【見栄で得られる幸せは、本当の幸せではない】と気づいたのです。 先日、ある人と仕事をすることになり、打ち合わせに行きました。相手は「インドヨガのすごい先生が来る」と聞いていたようです。態度の大きな、偉そうなヤツが来るだろう、と身構えていたのに、やってきた私はニコニコしていて腰が低い。 すると相手は、私を軽んじるような対応をしました。お茶も出さず、上から目線で話を進めます。紹介してくれた人が同席していたのですが、あまりの態度にその人のほうが「ちょっと。先生に対してその態度は失礼じゃないですか」と相手に文句を言ったぐらいでした。 帰り道、その人から「Vini先生、なめられないようにもっと偉そうにしてください」と言われましたが、私は「ありのままでいいんです」と応えました。 【自分を大きく見せようとすると、プレッシャーになります】 見栄を張っていることを、自分自身が一番わかっているのですから。 でも、見栄を張る必要も、大きく見せる必要もないのです。バカにされてもいいのです。自分が背負っている見栄を下ろし、ありのままでいる。そのほうがはるかに幸せなのですから。 勝ち負けを考えない【プレッシャーのない生き方】を、私はこれからもしていきたいと思います。